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私の履歴書④ -群馬編-

さて、海外、韓国での1年の仕事を終えて帰国した先は・・・
出身の大阪ではなく、群馬県でした。
私にとって、海外で生活することはあっても、関東に住むということは、考えたこともなかったので自分自身でも意外な選択でした。
初の関東の暮らしで、やはり驚いたのは、同じ日本だからこそわかる、
。基本的に大阪弁の私は、日本語教師養成講座に通っているときに、NHKのアナウンサーの話しを意味がわからなくてもシャドーイングしたり、共通語(一般には標準語とも言う)を話す好きな俳優さんになりきって普段生活をしたりして、東京アクセントを身につけようとがんばりました。その結果、大阪人だとばれることはまずないんですが、いくらアクセントが共通語でも、「使用語彙」も変える必要があり、これはかなり苦労しました。たとえば、椅子を使う際、引いた状態から戻すときに「椅子をなおしてくださいね」と言うと、「あ、しまった、この表現はこっちでは使わないんだ・・・」とか。
ちなみに「なおす」の意味は、多くの辞書には
①正しいもとの状態にもどす「故障・病気をなおす」
②改める「姿勢をなおす」
③別の状態にする「英語を日本語になおす」
という意味が見られます。
たとえば、日本語学習者がかばんから机の上に書き上げた作文を置いている。
それを日本語教師が「リンさん、それなおしてください」と言うと、修正しろなのか、片付けろなのか、ということですね*^.^*
よく関東の人は、西日本の意味がおかしいという人がいるかもですが、辞書には両方の意味があり、関東では「片付ける」という用法を使っていない、という解釈もできる。
私はどちらが正しいか、優位か、というのではなく、「違うんだ」だけの話だと思うようにしている。昔は、方言コンプレックスからか、日本語教師になるには「ら抜き」なども含め、話す場面でも書く場面でも「共通語」を使用しなければと思い込んでいたときもありましたが。群馬での生活は、まずこういった私自身の日本語の再考という意味でもいい経験となりました。
さて、群馬での日本語教育ですが・・・大きな変化があったのは外国人ビジネスマンへのビジネス日本語授業ですね。群馬でも初めはいわゆる日本語学校の非常勤講師として就職したのですが、自分自身のスキルアップのためにチャレンジしてみました。
どのような就職活動をしたと思いますか?^^
だめもとで、タウンページで外国人労働者がいそうな企業を調べ、片っ端から手紙を送りアピールしました。日本語教師の派遣会社じゃないので、マージンも発生しない、大阪、韓国での経験、大学の専攻が経済・・・など。30社ほどに送りました。
すると・・・1社だけですが「ヒット」が来ました!
太陽誘電という地元では有名な企業。CD-Rを開発した会社です。
太陽誘電では以前から「技能研修生(今の技能実習生)」を受け入れていて、特にフィリピンからの研修生がいたようです。そこで、太陽誘電の社員がその研修生たちに「日本人なんだから日本語話せるし、誰でも国語のような授業したら教えられるんじゃないの?」という発想で教えていたようですが、思うように効果が上がらなかったようです。
そこに、偶然にも(いえ、きっと必然!運命!*^.^*)私からの日本語出張授業のちらしを手に取った担当者さんが私に興味を持ってくださり、即面接、即採用。さらに私が行う日本語授業を担当者が見たいということで、見ていただくことになり、そこで私が日本語を教えている様子を見て、大変衝撃を受けたようです。
その後、担当者にも適度に授業に入ってもらうことにしました。なぜなら、日本語教師じゃない日本人は当然、学習者が初級のうちはどのような日本語をどのように習得しているかわかりません。学習者は私との会話ならけっこうできるんですが、良くも悪くも普通の日本人と初級学習者では満足に会話ができないことが多いです。
日本語教師が書き言葉の教科書どおりに発音している一方で、普通の日本人は話し言葉、方言、易しく言おうとしてタメ口を使ったりする。すると、学習者はタメ口を習っていない状態で、よけいに難しい日本語になってしまう・・・などなど。
ですから、まだ初級の学習者と話すときは、現場の担当者も少し私のような話し方をしてくれれば、会話がある程度できるということを知ってもらうために。もちろん、それでは学習者の成長が遅れることもありますから、普通に話してもらうことも大切です。
太陽誘電ではj時給も、それまでの日本語学校の倍近くいただけるようになり、逆に言うと、必ず結果を出さなければならないというプレッシャーもより強くなりました。これが私にはよりいい道へと進むことになりました。なんとなく、学生次第で学生の伸びが決まる、そのうち上手になる・・・なんて気持ちもそれまでの私はどこかあったような気がします。
このあたりがいわゆる会社経験をせずに日本語教師になった私の弱点だったように思えます。お金をいただくということは必ず結果を出すことです。会社では当然のことです。よって、私が授業する限りはどんな学習者でも必ず結果を出すようになっていきました。

【技能実習生たちと群馬の名産、だるま工場に見学授業】

群馬は、郊外、自然、土地代の安さなどもあり、けっこう外資系の工場などもありました。そこでフランスのタイヤの会社、ミシュランでも日本語教師の募集が出たのを知りました。太陽誘電である程度結果を出した私は、面接もパスし即採用となりました。ここでは1日8時間授業、評判もよくオファーも増え、土日も1日4時間のプライベートレッスンなどもあり、しばらく過去最大の1週間48時間授業という日々もありました。
当然、授業には綿密な準備が必要です。学習者によって・内容によって・やる箇所によっても違いますが、初めて教える項目だとそれが1時間の授業なら、少なくとも倍の2時間、多ければ10時間以上費やすこともあります。なので当時の私の生活は・・・。
さらに出張授業で、時に高速使って1時間半かけて行く工場などもありました。何度、信号待ちで「夢」を見たことか・・・。今、私は自然にサイドブレーキをかける習慣があるんですが、この群馬時代に身に付けたようです・・・。
「今働いているビジネスマンにビジネス日本語を教える」のは、スポンジのように吸収し、すぐ使えるよう会話場面シラバスも時に使ったり、土日は大人の付き合いでよくレジャーに誘われたり、時給も高め、でも普段は家での予習復習に充てる時間はない方々で、必ず結果を出さないと次の更新はないであろうプレッシャーなど、それまでにはない日本語教師生活に新鮮さもあり、スキルを上げることができました。

【ミシュランのフランス人社員と。場所は居酒屋です♪】

この群馬での経験が、のちのインドでのゼロ初級ビジネス日本語クラスでわずか5ヶ月で10名全員の学習者を日本の企業に就職させた経験につながっていくわけで、本当に財産となりました。
残念なのは、のちに4回腰の手術をすることになるので、もっと日本有数の温泉地群馬で温泉めぐりをしておくべきでした・・・*^.^*群馬での約3年間の生活も忘れられないものになりました。
次回は、海外2カ国目のカナダ編です!

今年の新規受講生の方にも、この発表をやってもらう時期となりました。
講師でありながら、実に受講生さんの発想や、研究のアプローチに感心させられるイベントです。
当校の「社会言語学・対照言語学」という科目に関することなら何でもいいということで、テーマ選びから、研究、レジュメ作成、発表など、今の自分にできることを精一杯がんばってくれました。
今回は受講生さんの発表が18もあり、一人あたりの発表時間が5分程度だったのが非常にもったいない内容ばかりでした。

その発表の内容は・・・

・ポジティブポライトネスと方言使用
・日英仏の意味の捉え方比較
・教師と学習における博多弁の必要性
・日本語の誕生とその軌跡
・宮崎西諸弁とフランス語の共通点

・日本と韓国の諺、慣用句の対比
・ロシア語にチャレンジ!
・都の言葉「京言葉」
・私が感じた韓国と日本の生活、文化の違い
・日本語に聞こえるアラビア語?
・シングリッシュと英語の比較

・世界に渡った外来語としての日本語
・ネーミングと音の関係
・小笠原方言とクレオール
・「行く」と「来る」の違い
・英語におけるネガティブポライトネス
・発音、アクセントの自らの体験と今後の課題
明日使える沖縄方言

入校して1ヶ月ちょっとの状態で、みなさん素晴らしかったですよ!
もちろん、受講生さんそれぞれこれまでの畑の違いで、得意不得意分野が違います。
ですから、今回の発表で「~さんみたいな読み方いい!」」「~さんのレジュメ詠みやすい!」「~さんの発表の構成わかりやすい!」「~さんみたいな発想素敵!」など互いに盗めるところがとても多かったはずです。
このように、教師だけが学生に教えるというのではなく、学生が互いにレベルアップしていき、励まし合っていき、自尊心も高まり、人前でのプレゼン力も上がる、という指導法。ピアラーニングとも言われ、最近注目されています。受講生のみなさん、現場に出たときは、このような授業もどんどんやっていきましょうね!

先日、夜の事務スタッフのHくんが大阪に就職することになり、送別会をしました。当校の修了生でもあり、卒業後うちの事務スタッフとして働いてくれました。
急な開催だったのですが、朝昼の事務さん、以前の夜の事務さん、受講生だったときの同期生で日本語教師になった2人も駆けつけてくれました。
学校すぐの焼き鳥屋。Hくんが就職する大阪の味のお店だったので、「串カツ2度付け禁止」などをレクチャーしようと*^.^*ちなみに、私は昔、大阪のジャンジャン横丁で串カツバイトをやっていました♪
サプライズ要望もちゃんと応えてくれて、おいしくとてもいい店でした。

次に夜の事務に入ってくれた人も、うちの修了生で日本語教師になった人です。学校の卒業生がその学校の事務をしてくれるというのは、受講生だったときの事務の雰囲気がよく、またこの学校を好きでいてくれたと思い、とてもうれしいです。

教師への満足度アンケートで2014、2015年で95%を記録し、就活した人のほぼ100%が就職できて、また事務スタッフまでとてもすばらしいメンバーが私の誇りです。
日本語教育に興味がある方、当校で、日本語教師を目指してみませんか?^^

このたび、当校が親しくさせていただいている日本語学校のうちの一つ、JILA(日本国際語学アカデミー)日本語学校様通常授業見学ツアーを2日間に渡り、組ませていただきました。


まだ4月に入校したばかりの当校の受講生さんは、日本語を日本語で教えるイメージもできていない人がほとんどで、とてもいい刺激になったようです。

授業見学の企画を快く引き受けていただいたJILA常勤講師井上先生、まことにありがとうございました。
授業後のフィードバックも行っていただき、教務主任の中西先生も来ていただきました。まことにありがとうございました。

日本語教師養成講座に通う受講生さんにとって、現場を肌で感じることはとても役に立ちます。このようなイベントを定期的に行う当校にて、いっしょに日本語教師になる夢を叶えてみませんか?*^.^*

4月8日(金) 当校の近所にあるJILA(日本国際言語アカデミー)さんからのお誘いで、
JILAさんのイベントフリートーキングの相手役として、当校の現役受講生8人が参加させていただくことになりました。
クラスはまだ日本に来て約半年のベトナム、ネパール、スリランカ、インドネシアの8人のクラス。
まずは学校に着いて、控え室で待機。ドキドキ*^.^*
メンバーは、退職して第2の第3の人生として日本語教師を選んだ方から、
つい先日まで高校生で日本語教師に魅力を感じた方まで様々。

その後、教室に呼ばれて、担当のJILA常勤先生、井上靖代先生からの話の後、
フリートーキングの開始

JILAでゼロから日本語を学び始めいろんなフレーズを身につけた学習者さんに
とってネイティブ日本人と話したくてうずうずしていて、また当校の受講生に
とっても約半年日本で日本語を学んだ学習者とはどんな日本語をどのように
話すのか見てみたいという互いのニーズも合致し、とてもいい機会となりました。

最後はみんなで記念写真♪

その後、教務主任の中西先生からのお話もあり、実に有意義な時間を過ごすことが
できました。

当校ではこのように教室内での授業にとどまらず、外部の日本語教育機関などに
積極的に働きかけ、受講生さんにこのようなイベント提供をしています。
当校日本語教師養成講座にご興味を持った方は、お気軽に当校学校説明会に
お越しくださいませ。途中入校制度があり、今から入ると10月スタートの科目を、
ゆとりを持って受講できますよ!
人気の当校は、半年コースは残念ながらあまり空きがない状況ですが1年コースならまだ
余裕があります。
みなさんのお問い合わせ、お待ちしております!

実習終了&修了式!

2016年4月1日

さて、2015年4月から1年コースで、また10月から半年コースで受けてきた
受講生さんたちによる「中上級実習」が終了し、当時に「修了式」を迎えました。

【昼コースの受講生さんと、モデル学生の外国人のみなさん】

 



【夜コースの受講生さんと、モデル学生の外国人のみなさん】

今回は日本語レベルが中級の初めあたりの日本語学習者さんに来てもらい、
テキストの読解を通して、さまざまな運用力をつけさせる
授業をテーマに
がんばりました。

来てくれたモデル学生さんたちからも毎回「楽しかった!また来たいです」と
まだ現場デビューしていない受講生さんの授業にも大変満足の声をいただきました。
受講生さんが必死に準備し授業をし、また事務員たちによる環境サポート、
担当講師の熱く優しい指導あっての結果です。私もとてもうれしいです。

さあ、同じ日に行なわれた修了式です。
1年コース、半年コースそれぞれの期間でどれだけがんばり、
結果を出したかが、みなさんの顔に出ていると思います。
修了証を受け取り感極まる人、次の就職先のことですでに不安いっぱいの人、
当校での授業があまりに楽しく明日からどうしていいかと悩む人(笑)など
様々な顔でした。

【修了式:昼コース】

【修了式:夜コース】

当校では本気で日本語教師デビューを考えている方にもってこいの学校です。
おかげさまでこの4月からのコースは昼は定員に達しました。
受講生を入れるだけ入れて、という儲け主義ではなく、実力をしっかりつけて
もらうには、その受講生の一人一人に目が届くように定員を設けています。
それでも、後からどんどん入校希望があり、4月からの昼コースは
クラス増設も行ないました。空きは夜コースに数名だけです。
ご入校をお考えの方は、お早めに当校にいらっしゃることを
お勧めします。4月に行なわれる当校の学校説明会は、
・4月2日(土)10:00~11:30
・4月18日(月)1900~20:30 です。
ご予約・お問い合わせ、お待ちしております♪

教務主任の勝川です。
日本語教育歴に、ついに海外進出が登場です!^^

大阪の日本語学校で、土地柄か当時韓国の学生がとても 多くて、学生から
韓国のことをたくさん聞くうちに、
自らが韓国に行って、教えたくなりました。

もともと、日本を飛び出して仕事をするという気持ちで 見つけたこの
日本語教師という仕事なので、待ちに待った瞬間でした。
大阪での日本語学校生活を約2年終え、辞める時は学生が花をくれたり、
今思うと恥ずかしい授業がたくさんあったんですが、 本当にいい思い出になりました。

韓国の語学学校の求人を見たのは、大阪にあった日本語教育専門の書店の掲示板。
当時は、まだネット社会でもなく、先方の学校との
やりとりも履歴書を送った後は、FAX、電話だけで採用決まりました。
これも国内で日本語教師の経験があったおかげだと思います。

さて、韓国に着いた日、大阪での日本語学校のときの卒業生がソウルの空港まで迎えに
来てくれました。
はじめての外国暮らし。期待以上に不安が大きかったので、
本当にうれしかったです。
首都ソウルから、 確かバスで3時間ほどでした。日本と比べると交通料金が安い安い
500円ほどでした。5000円と言われても払っていたと思います。

勤め先は、後に流行したあの韓国ドラマ『冬のソナタ』のロケ地、
春川(チュンチョン)です。真冬はマイナス20度の寒さ。着いた翌日、勤め先の周囲を案内してもらいましたが、近所の大学に韓国語で
日本人日本語教師 勝川先生 ようこそ!
ような垂れ幕があったんです。
語学学校の学院長が大学生を学校に呼び込もうと大宣伝してくれて いました。
しかし、その翌日、台風のような強風が吹き、その垂れ幕がどこかに飛んで
行ったようです^^; 不吉・・・。

さて、すぐに授業が始まりました。始めは前任者となる日本人日本語教師のクラスに
見学として入りました。
何よりも驚いたのは授業時間です。
日本の語学スクールも朝から授業がある学校もありますが、韓国では朝6時ごろから
始まるのが一般的です。
よって、私も毎日5時前には起きて、学校に行きました。
授業は朝6時半から3時間。そして、夜も18時半~3時間1日を2回に分けて生活
していました。
朝の授業後は近くの大学食堂へ行き、いつもご飯大盛りにしてもらい、
200円ほどでおいしくいただけました。その後、昼寝をして、授業準備をして、
また夜の授業前に学校へ行く。
夜の授業後は、雨が降るとなぜか学生から
「飲みにいきましょう、カラオケに行きましょう」と誘われました*^.^*
晴れのときは一人で町の食堂へ。
けっこう外食が多かったです。日本での一人暮らし時代は、極力節約するため、毎日鶏の胸肉料理を使って、カレーで3日間、シチューで3日間のローテーションでしたが、
やはり授業後の疲労の中、外で食べられるのは幸せ。せっかく外国にいるわけなので、
いろんな料理も食べておきたいですしね!

ここでちょっとビザのお話をしておこうと思います。
海外で就労する場合は、ほとんどの国では日本語教師という職種の場合、「大卒」という学歴が必要になっています。もちろんいくつかの国、機関は「大卒」がなくても
日本語教師はできます。
また、ボランティアやインターンなら話は別です。
私は恵まれた環境で大卒という資格を持っていますが、
(本当に親には感謝しております)
持っていない人で、幅広く海外で日本語教師として働く!という方は、
通信、放送大学
なども含め、大卒の資格が取れるので、チャレンジするのもいいかと思います。

韓国の住居を話すと、ぜひ触れたいのが「チョンセ」というシステム。
私が韓国に赴任したころは、いわゆる銀行の預金金利(利子)が1約10%も!
日本は、当時1%ほど。今は・・・0,01%ぐらいでしょうか。
ですので、チョンセとは、「保証金としてはじめに、仮に100万円預ければ大家は1年後10万円の利子があるので、住居人から毎月1万円もらうのと同じ金額になり、はじめに
渡した100万円は退去時に丸々返ってくる。つまり、住居人は毎月無料で部屋を
借りられる」ということです。
こんなウハウハなことが、日本では考えられるでしょうか。
というわけで、私も何も疑わずチョンセを利用しました。ただ、今はちょっとネットで
調べたらいくらでもでてきますが、やはり「うまい話には注意せよ」ですね。
私が入居したアパートが経営不振で競売になってしまい、私は結局退去時に預けた金額が戻ってきませんでした。大阪での日本語教師時代に節約してがんばって貯めた
お金が・・・。
ま、ちょっと高い授業料だと思うことにしました。それでも、私の学生が、弁護士事務所などに連れて行ってくれて、通訳もしてくれて、私を助けようと何人もの学生

動いてくれました。この思い出は一生消えません。
お金はなんとかしたらあとから簡単に消えますし、また増やすこともできます。
外国の人にこんなに助けられたという思いのほうが、ずっと上回りました
それによって、私ももっともっと日本国内、世界中の日本語学習者の助けになりたいと
思えるようになりました。

授業は、ネイティブ日本語教師として呼ばれたので、ここの学校では、基本的には
日本語だけで日本語の授業をしていました。
しかし、日本国内に来ている学生なら
第2言語習得の目的がもっぱらですが、
自分の国で外国語を学ぶ学生は、知識教養
として、日本語能力試験合格を
目標にしている学生もいて、必要に応じて、
現地の言葉も知っていると、
より多くのニーズに応えられると思います

普段の生活では、多くの方にや何かと登山に誘われました。普段から体を
鍛えているんだな~と、感心しました。

【同じ学校の韓国人英語教師さんと】

日本語学習者さんに韓国国営放送KBSのカメラマンさんがいらっしゃり、
放送局の見学に♪
カメラは全てSONYでした。ちょっと誇りに思えました*^.^*


【テレビに映っているのは、後任のみわ先生と、仲良かった学生ミンジョンさん】

大阪の日本語学校時代の学生が、釜山から春川まで会いに来てくれました。

またいつの日か、この仕事には定年がないので、迎えていただけるのなら、ぜひまた
韓国に行って、日本語教師したいです!

 

 

教務主任の勝川です。
大好評で(ウソです)、私の履歴書第2弾に突入です*^.^*

日本語教師養成講座時代のボランティアで日本語を教えていた学生さん
からの強い希望で、日本語学校で急遽、
面接・模擬授業をすることになり、
なんとか採用をいただき、
大阪の日本語学校にて日本語教師デビュー

スタートは、採用された人が外国人に教える環境に適応力があるか、また、
今まで教師などをしたことない人が現場で授業を担当できるか見るためにも、
非常勤講師で週に2~3日出勤というのが一般的だと言われています。

さて、私は日本語の初級クラスを1コマ(その学校は1コマ60分)、 中級の
クラスを2コマでスタートです。

学校にもよりますが、日本語の初級クラスと中上級クラス、どちらが
ビギナー先生に向いているかというと、仮に私のようにそれまでの生活で、
いろんなイベントをしたり、
大学でも大学際実行委員など、ちょっと
人目に触れることを
やってきたタイプなら、中上級クラスのほうが
向いていると
思われます。
初級クラスでは、日本語があまりできない人たちのクラスですし、 多国籍で
媒介語もないし、あったとしても、たくさん日本語を使わせる必要が
あるので、
日本語だけで日本語を教えるというスタイルが多い日本語学校では
教師の
語彙コントロール力がかなり求める学校が多いです。

今までの私の特性を生かし、主任先生は私を中級クラスに入れたんだと思います。
時給は、東京大阪などでは普通ですが、1時間1,300円ほどでしたので、
もちろん養成講座に通ってから1人暮らしを始めた私には苦しかったです。
ちなみに、ここ福岡は日本でも時給がかなり
高いほうです。
福岡の求人サイトとして有名な大谷書店の求人などをご参考に♪

http://otanishoten.jp/kokunaishushoku.htm

日本語を教えるボランティアは辞めましたが、音楽療法、手話教室などの
ボランティア活動を続けていました。

もともとこういう活動を好きでしたが、日本語教師としても
この活動がとても生きました。
自分とは同じだと思っていても、やはり違いもある。
むしろ違って当たり前で、その相手の立場になりきって、
はじめてわかることがあるというのを実感しました。
英語の”understand”とはよく言ったものです。
相手の下に立って初めて理解できるという気持ちを大切にしました。

ただ、週2,3日の学校収入に、ボランティア活動では、
日々のご飯すら食べられなくなるので、アルバイトも掛け持ちで。
休日の前の夜~朝は夜間でコンビニ、平日の夜は大阪の北新地で
老舗の
たこ焼き屋台、天丼屋。
よく留学生がたこ焼きを食べに来てくれて、サービスしてたなぁ。

やはり、学生生活とは違い、自分で稼いで、自炊して、
親のありがたみもですが、いろんな社会経験ができました。

しかし、私も当初は「日本語教育を舐めていた」のも事実です。
準備は怠らずやってたつもりでも、ボロが出まくり、
学生からの質問にうまく答えられないことも多く、自分でも苛立ちが増し、
バイトを減らし、もっともっと準備するようになりました。
すると、学生たちも私も認めてくれたのか、教室内でも外でも
(学校によっては一切学生と学校外で遊ぶのを禁止のところもあるようです)
どんどん声をかけてくれるようになり、そんな声が主任に届いたのか、
半年後には、授業数も倍に、担任の打診も受けて快諾しました。
当時の、同期入社も含めて周りの日本語教師の先輩方には
本当によく育てていただきました。感謝です。

一番学んだのは「女性学」かもですが・・・※ヽ(*^▽)ノ※
でも、これも大事な学問です。
しかし、本当に日本語の様々なスキルを的確に身につけられる教師には
程遠い教師でした。今でも、日々奮闘中ですが*^.^*

写真は運動会です。だいたい1年に2回は課外活動などが行われます。
1度、ほぼすべてを私が企画、運営、準備などをしたイベントです。
普段の運動不足がたまってか、学生たちのはしゃぎようは
すごかったです。私の顔が見えません^^

当時から、会話の授業などはいつも学生の声をカセットテープに録音していたので、
今でも聞くと本当に懐かしいです。学生への振り返りや試験として採点するため
のものですが、宝物です。
あぁ・・・発音や話し方をきちんと教えられなかった私を許してください。
と、いつも思ってしまいます。

さて、初めての日本語学校も2年の月日が経ち、いよいよ
私の当初の目的、目標である海外での日本語教育時代に突入です。
続きは・・・第3弾にて。お楽しみに! *^.^*

教務主任の勝川です。
先日、当校NYAの近所にあります日本語学校、
福岡国土建設専門学校の日本語学科さん当校の現役受講生と
お邪魔させてもらいました。
国土建設専門学校さんは、当校の受講生の就職先としても
目標にしている1つで、実際に修了生が働いています。
その国土建設専門学校さんで、卒業生によるプロジェクトワークの
発表会に参加
させていただきました。
手前左5人と私(と、うちの1歳の子供・・・。途中でうるさくして
しまって、国土の皆さんすみませんでした!>。<)でお邪魔しました。


プロジェクトワークとは、例えば今回「ラーメン」という
テーマで発表を行ったグループがいましたが、
なぜそのタイトルにしたかの説明、
日本のラーメンと自国のラーメンとの違いを説明、
実際自分たちで肌で感じるためにも、オリジナルラーメンを
作りその説明な
どを、わかりやすくパワーポイントにまとめ発表
する活動で、1グループ5,6人の学生たちがそれぞれ
ほとんど原稿も見ずに、発表していました。

その内容、立ち居振る舞い、パワーポイントの完成度、

十分に進路先の一つである大学などでも通用するものでした。
国土建設専門学校の担当なさった指導先生のすごさも伝わりました。

いろんな日本語教育機関との関係性を大事にし、
また見学、授業参加なども積極的に行っている
NYAにぜひみなさんいらして、いっしょに日本語教師になりませんか?*^o^*

就活した人の就職率100%の当校だから、自信を持って勧められる学校です。

教務主任の勝川です。
日本語教師を目指す人にとってこの時期はとても大切な時期です。
一番求人が多いのは、日本国内の日本語学校からの求人募集。
(日本語学校とは主に大学など高等教育機関に進みたい留学生への日本語指導)
日本語学校では多くは入学が4月と10月なので、今が就活の時期なんです。
そこで、国内4県、国外4カ国で様々な日本語教育に携わってきた
19年間の経歴をここに大公開
これから日本語教師になりたい方、今日本語教師養成講座に
通っている方、すでに現場に立っている日本語教師さん、
何か少しでもお役に立てればと思っております。

第1弾は「日本語教師養成講座時代」です♪
大阪出身の私は、親のすねをかじり何とか
大学までは行かせていただけました。
3年生まで特に日本語教師なんて、そんな仕事が
あることも知りませんでした。

元々、職場を地球規模で考えていたので、4年生になったころ、
色々本で見た中で、青年海外協力隊の職種で「日本語教師」というのに
出遭いました。
企業への就職活動の最中、大学卒業後また資格取得の学校に通うなど、
なんと親の期待を裏切ったものかと自己嫌悪にもなりながらも、
だからこそ本気で取り組めたのかもしれません。今から20年前の話です。

(↑ 日本語教師養成講座修了パーティーにて)
大手の日本語教師養成講座に通っていた頃は、初の一人暮らしなども
始まり、刺激的な日々でした。週3日通い1年で資格を取りました。
その際、2つの日本語教師ボランティアもしていました。
1つは研修生への授業にアシスタントティーチャーとして経験を
積ませていただいた関西研修センター( ↓ )。

もう1つは養成講座と同じグループの日本語学校での会話ボランティア。
通っていた養成講座は、外国人に実際教えるなどの授業もなく、
ボランティアで力をつけようと思いました。
あと大阪人ということで、東京アクセントで早く話せるようになろうと、
毎日NHKのニュースを聞いて、後からついて読んでいくという
今でこそ「シャドーイング」といって有名なやり方なのですが、
当時、自ら発見してやっておりました。
友達と話すときも、大阪なのに東京アクセントで話し、
数多くの友人からも煙たがられました。・゚゚ ‘゜(*/□\*) ‘゜゚゚・。
でも、小学生時代から尊敬もする、かつ親友の同級生、翼くんから
「かっちゃん、えらいな。そこまでプロ意識持ってるんやからな」という
言葉にとても励まされました。
さらに現場に出たとき「フォーマルな話し言葉、書き言葉」に慣れようと、
「ら抜き言葉」などを意識的に言わないようにしました。
今となっては、場面によって使い分けていますが、
当時は「大阪弁の日本語教師」と言われるのがいやで、
相当努力したのが懐かしいです。
そんな中、あっという間の1年間。さあ、いざ現場へ!・・・と思いきや、
まだ一度もまともな就職をしていなかった私は就活におじけずき、
不安と焦りしかない日々。
そこに、ボランティアで教えていた学生さんが在籍している
日本語学校に強引に私を推薦してくれて、ボランティアの日なのに
いきなり面接と模擬授業をやっていただくことになり。服装もGパンなのに。
模擬授業は「~てください」という文型の導入
よくわからないままに授業をしました。
何も教案も作らず、練習もしていないままで。
でも、私を推薦してくれた留学生を悲しませたくない一心で、授業をしました。

結果は合格。授業が下手だったのは自分でもわかりました。
その留学生が推薦してくれたというのが、唯一の合格の理由でした。
ですから、今でもその留学生さんには感謝感謝です。
あとは、2つのボランティアで外国人との交流に体がなんとか慣れていたんでしょう。
強引に面接を開くようにかけあってくれたおかげで、
資格取得後すぐに現場に立つことができました。
同じ養成講座受講生でも、すぐに現場に出たのは、クラスでも2人ほどでした。
ちなみにこの留学生さんは、その後母国の韓国の高校で
私と同じ日本語教師となって、すばらしい授業をして、
2012年、ご主人と3人の娘さんを連れて、福岡に会いに来てくれました。

このように就職までも学生の手を借りて、やっと就職できた私ですが、
その後の日本語学校でのエピソードは第2弾で!*^.^*

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