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  3. 勝川浩之の、「日本語教師」とはなんぞや!?

ビジネス日本語授業ー初日のオリエンテーションー

久しぶりに、私の現場での日本語授業の投稿です*^.^*
当校の授業日以外の火曜木曜に福岡にある大学で日本語を教えております。

以前、ゼロ初級クラスの初日の授業を公開しました。
日本語ゼロ初級授業初日 ←クリック♪(おかげさまで再生回数も約1万回に)

嬉しいことに多くの方から、中上級クラスの初日授業のご希望があり、今春の新学期に授業撮影しました。

初日のオリエンテーションなので、通常の授業よりも私の発話が多いです。 通常授業では、学習者が日本語を話さないと話せるようにはなりませんから、学習者の発話を多くさせます。

学生による教師への授業アンケートで毎回ほぼ満点(1度だけ全項目満点)、 またコメントも私にとってとても励み、宝物となる内容で、毎回の授業をこちらが楽しむ日々です。もちろん、毎回その授業教案、教具作成などは大変ですが、苦と思ったことはありません。

緑のラインが私への評価です。

学生からの誉め、叱咤激励のコメントこそが一番のモチベーションになります。

今回の内容はビジネス日本語クラスの授業ですが、日本語初級レベルを終えたクラスなら、どのクラスでも可能です。私が使っている日本語は基本的に初級レベルの日本語なので。
初対面なので、いつも以上に緊張します。90分授業なので動画はダイジェストで30分弱にしました。カットしたくない箇所もありますが、長すぎるのも・・・ なので^^;

90分授業を14,5回で終えるコースです。いかに授業への興味を持たせ、やる気を出させ、役に立つかを伝えようと心がけております。
初日の授業はいつも以上に緊張します。昔は初日の授業では互いにカチコチになってしまい・・・などの失敗もありました^^;;
最終日にはいつも日本人ゲスト10人ほど呼んでのビジターセッションを行い、普段の授業も少人数ならいつでも見学、参加可能です。 ご希望の方は、お気軽にお問い合わせくださいませ。

では、こちらで動画を見ることができます。
↓   ↓   ↓
ビジネス日本語授業初日 ←クリック♪

先日、夜の事務スタッフのHくんが大阪に就職することになり、送別会をしました。当校の修了生でもあり、卒業後うちの事務スタッフとして働いてくれました。
急な開催だったのですが、朝昼の事務さん、以前の夜の事務さん、受講生だったときの同期生で日本語教師になった2人も駆けつけてくれました。
学校すぐの焼き鳥屋。Hくんが就職する大阪の味のお店だったので、「串カツ2度付け禁止」などをレクチャーしようと*^.^*ちなみに、私は昔、大阪のジャンジャン横丁で串カツバイトをやっていました♪
サプライズ要望もちゃんと応えてくれて、おいしくとてもいい店でした。

次に夜の事務に入ってくれた人も、うちの修了生で日本語教師になった人です。学校の卒業生がその学校の事務をしてくれるというのは、受講生だったときの事務の雰囲気がよく、またこの学校を好きでいてくれたと思い、とてもうれしいです。

教師への満足度アンケートで2014、2015年で95%を記録し、就活した人のほぼ100%が就職できて、また事務スタッフまでとてもすばらしいメンバーが私の誇りです。
日本語教育に興味がある方、当校で、日本語教師を目指してみませんか?^^

このたび、当校が親しくさせていただいている日本語学校のうちの一つ、JILA(日本国際語学アカデミー)日本語学校様通常授業見学ツアーを2日間に渡り、組ませていただきました。


まだ4月に入校したばかりの当校の受講生さんは、日本語を日本語で教えるイメージもできていない人がほとんどで、とてもいい刺激になったようです。

授業見学の企画を快く引き受けていただいたJILA常勤講師井上先生、まことにありがとうございました。
授業後のフィードバックも行っていただき、教務主任の中西先生も来ていただきました。まことにありがとうございました。

日本語教師養成講座に通う受講生さんにとって、現場を肌で感じることはとても役に立ちます。このようなイベントを定期的に行う当校にて、いっしょに日本語教師になる夢を叶えてみませんか?*^.^*

4月8日(金) 当校の近所にあるJILA(日本国際言語アカデミー)さんからのお誘いで、
JILAさんのイベントフリートーキングの相手役として、当校の現役受講生8人が参加させていただくことになりました。
クラスはまだ日本に来て約半年のベトナム、ネパール、スリランカ、インドネシアの8人のクラス。
まずは学校に着いて、控え室で待機。ドキドキ*^.^*
メンバーは、退職して第2の第3の人生として日本語教師を選んだ方から、
つい先日まで高校生で日本語教師に魅力を感じた方まで様々。

その後、教室に呼ばれて、担当のJILA常勤先生、井上靖代先生からの話の後、
フリートーキングの開始

JILAでゼロから日本語を学び始めいろんなフレーズを身につけた学習者さんに
とってネイティブ日本人と話したくてうずうずしていて、また当校の受講生に
とっても約半年日本で日本語を学んだ学習者とはどんな日本語をどのように
話すのか見てみたいという互いのニーズも合致し、とてもいい機会となりました。

最後はみんなで記念写真♪

その後、教務主任の中西先生からのお話もあり、実に有意義な時間を過ごすことが
できました。

当校ではこのように教室内での授業にとどまらず、外部の日本語教育機関などに
積極的に働きかけ、受講生さんにこのようなイベント提供をしています。
当校日本語教師養成講座にご興味を持った方は、お気軽に当校学校説明会に
お越しくださいませ。途中入校制度があり、今から入ると10月スタートの科目を、
ゆとりを持って受講できますよ!
人気の当校は、半年コースは残念ながらあまり空きがない状況ですが1年コースならまだ
余裕があります。
みなさんのお問い合わせ、お待ちしております!

実習終了&修了式!

2016年4月1日

さて、2015年4月から1年コースで、また10月から半年コースで受けてきた
受講生さんたちによる「中上級実習」が終了し、当時に「修了式」を迎えました。

【昼コースの受講生さんと、モデル学生の外国人のみなさん】

 



【夜コースの受講生さんと、モデル学生の外国人のみなさん】

今回は日本語レベルが中級の初めあたりの日本語学習者さんに来てもらい、
テキストの読解を通して、さまざまな運用力をつけさせる
授業をテーマに
がんばりました。

来てくれたモデル学生さんたちからも毎回「楽しかった!また来たいです」と
まだ現場デビューしていない受講生さんの授業にも大変満足の声をいただきました。
受講生さんが必死に準備し授業をし、また事務員たちによる環境サポート、
担当講師の熱く優しい指導あっての結果です。私もとてもうれしいです。

さあ、同じ日に行なわれた修了式です。
1年コース、半年コースそれぞれの期間でどれだけがんばり、
結果を出したかが、みなさんの顔に出ていると思います。
修了証を受け取り感極まる人、次の就職先のことですでに不安いっぱいの人、
当校での授業があまりに楽しく明日からどうしていいかと悩む人(笑)など
様々な顔でした。

【修了式:昼コース】

【修了式:夜コース】

当校では本気で日本語教師デビューを考えている方にもってこいの学校です。
おかげさまでこの4月からのコースは昼は定員に達しました。
受講生を入れるだけ入れて、という儲け主義ではなく、実力をしっかりつけて
もらうには、その受講生の一人一人に目が届くように定員を設けています。
それでも、後からどんどん入校希望があり、4月からの昼コースは
クラス増設も行ないました。空きは夜コースに数名だけです。
ご入校をお考えの方は、お早めに当校にいらっしゃることを
お勧めします。4月に行なわれる当校の学校説明会は、
・4月2日(土)10:00~11:30
・4月18日(月)1900~20:30 です。
ご予約・お問い合わせ、お待ちしております♪

教務主任の勝川です。
日本語教育歴に、ついに海外進出が登場です!^^

大阪の日本語学校で、土地柄か当時韓国の学生がとても 多くて、学生から
韓国のことをたくさん聞くうちに、
自らが韓国に行って、教えたくなりました。

もともと、日本を飛び出して仕事をするという気持ちで 見つけたこの
日本語教師という仕事なので、待ちに待った瞬間でした。
大阪での日本語学校生活を約2年終え、辞める時は学生が花をくれたり、
今思うと恥ずかしい授業がたくさんあったんですが、 本当にいい思い出になりました。

韓国の語学学校の求人を見たのは、大阪にあった日本語教育専門の書店の掲示板。
当時は、まだネット社会でもなく、先方の学校との
やりとりも履歴書を送った後は、FAX、電話だけで採用決まりました。
これも国内で日本語教師の経験があったおかげだと思います。

さて、韓国に着いた日、大阪での日本語学校のときの卒業生がソウルの空港まで迎えに
来てくれました。
はじめての外国暮らし。期待以上に不安が大きかったので、
本当にうれしかったです。
首都ソウルから、 確かバスで3時間ほどでした。日本と比べると交通料金が安い安い
500円ほどでした。5000円と言われても払っていたと思います。

勤め先は、後に流行したあの韓国ドラマ『冬のソナタ』のロケ地、
春川(チュンチョン)です。真冬はマイナス20度の寒さ。着いた翌日、勤め先の周囲を案内してもらいましたが、近所の大学に韓国語で
日本人日本語教師 勝川先生 ようこそ!
ような垂れ幕があったんです。
語学学校の学院長が大学生を学校に呼び込もうと大宣伝してくれて いました。
しかし、その翌日、台風のような強風が吹き、その垂れ幕がどこかに飛んで
行ったようです^^; 不吉・・・。

さて、すぐに授業が始まりました。始めは前任者となる日本人日本語教師のクラスに
見学として入りました。
何よりも驚いたのは授業時間です。
日本の語学スクールも朝から授業がある学校もありますが、韓国では朝6時ごろから
始まるのが一般的です。
よって、私も毎日5時前には起きて、学校に行きました。
授業は朝6時半から3時間。そして、夜も18時半~3時間1日を2回に分けて生活
していました。
朝の授業後は近くの大学食堂へ行き、いつもご飯大盛りにしてもらい、
200円ほどでおいしくいただけました。その後、昼寝をして、授業準備をして、
また夜の授業前に学校へ行く。
夜の授業後は、雨が降るとなぜか学生から
「飲みにいきましょう、カラオケに行きましょう」と誘われました*^.^*
晴れのときは一人で町の食堂へ。
けっこう外食が多かったです。日本での一人暮らし時代は、極力節約するため、毎日鶏の胸肉料理を使って、カレーで3日間、シチューで3日間のローテーションでしたが、
やはり授業後の疲労の中、外で食べられるのは幸せ。せっかく外国にいるわけなので、
いろんな料理も食べておきたいですしね!

ここでちょっとビザのお話をしておこうと思います。
海外で就労する場合は、ほとんどの国では日本語教師という職種の場合、「大卒」という学歴が必要になっています。もちろんいくつかの国、機関は「大卒」がなくても
日本語教師はできます。
また、ボランティアやインターンなら話は別です。
私は恵まれた環境で大卒という資格を持っていますが、
(本当に親には感謝しております)
持っていない人で、幅広く海外で日本語教師として働く!という方は、
通信、放送大学
なども含め、大卒の資格が取れるので、チャレンジするのもいいかと思います。

韓国の住居を話すと、ぜひ触れたいのが「チョンセ」というシステム。
私が韓国に赴任したころは、いわゆる銀行の預金金利(利子)が1約10%も!
日本は、当時1%ほど。今は・・・0,01%ぐらいでしょうか。
ですので、チョンセとは、「保証金としてはじめに、仮に100万円預ければ大家は1年後10万円の利子があるので、住居人から毎月1万円もらうのと同じ金額になり、はじめに
渡した100万円は退去時に丸々返ってくる。つまり、住居人は毎月無料で部屋を
借りられる」ということです。
こんなウハウハなことが、日本では考えられるでしょうか。
というわけで、私も何も疑わずチョンセを利用しました。ただ、今はちょっとネットで
調べたらいくらでもでてきますが、やはり「うまい話には注意せよ」ですね。
私が入居したアパートが経営不振で競売になってしまい、私は結局退去時に預けた金額が戻ってきませんでした。大阪での日本語教師時代に節約してがんばって貯めた
お金が・・・。
ま、ちょっと高い授業料だと思うことにしました。それでも、私の学生が、弁護士事務所などに連れて行ってくれて、通訳もしてくれて、私を助けようと何人もの学生

動いてくれました。この思い出は一生消えません。
お金はなんとかしたらあとから簡単に消えますし、また増やすこともできます。
外国の人にこんなに助けられたという思いのほうが、ずっと上回りました
それによって、私ももっともっと日本国内、世界中の日本語学習者の助けになりたいと
思えるようになりました。

授業は、ネイティブ日本語教師として呼ばれたので、ここの学校では、基本的には
日本語だけで日本語の授業をしていました。
しかし、日本国内に来ている学生なら
第2言語習得の目的がもっぱらですが、
自分の国で外国語を学ぶ学生は、知識教養
として、日本語能力試験合格を
目標にしている学生もいて、必要に応じて、
現地の言葉も知っていると、
より多くのニーズに応えられると思います

普段の生活では、多くの方にや何かと登山に誘われました。普段から体を
鍛えているんだな~と、感心しました。

【同じ学校の韓国人英語教師さんと】

日本語学習者さんに韓国国営放送KBSのカメラマンさんがいらっしゃり、
放送局の見学に♪
カメラは全てSONYでした。ちょっと誇りに思えました*^.^*


【テレビに映っているのは、後任のみわ先生と、仲良かった学生ミンジョンさん】

大阪の日本語学校時代の学生が、釜山から春川まで会いに来てくれました。

またいつの日か、この仕事には定年がないので、迎えていただけるのなら、ぜひまた
韓国に行って、日本語教師したいです!

 

 

教務主任の勝川です。
大好評で(ウソです)、私の履歴書第2弾に突入です*^.^*

日本語教師養成講座時代のボランティアで日本語を教えていた学生さん
からの強い希望で、日本語学校で急遽、
面接・模擬授業をすることになり、
なんとか採用をいただき、
大阪の日本語学校にて日本語教師デビュー

スタートは、採用された人が外国人に教える環境に適応力があるか、また、
今まで教師などをしたことない人が現場で授業を担当できるか見るためにも、
非常勤講師で週に2~3日出勤というのが一般的だと言われています。

さて、私は日本語の初級クラスを1コマ(その学校は1コマ60分)、 中級の
クラスを2コマでスタートです。

学校にもよりますが、日本語の初級クラスと中上級クラス、どちらが
ビギナー先生に向いているかというと、仮に私のようにそれまでの生活で、
いろんなイベントをしたり、
大学でも大学際実行委員など、ちょっと
人目に触れることを
やってきたタイプなら、中上級クラスのほうが
向いていると
思われます。
初級クラスでは、日本語があまりできない人たちのクラスですし、 多国籍で
媒介語もないし、あったとしても、たくさん日本語を使わせる必要が
あるので、
日本語だけで日本語を教えるというスタイルが多い日本語学校では
教師の
語彙コントロール力がかなり求める学校が多いです。

今までの私の特性を生かし、主任先生は私を中級クラスに入れたんだと思います。
時給は、東京大阪などでは普通ですが、1時間1,300円ほどでしたので、
もちろん養成講座に通ってから1人暮らしを始めた私には苦しかったです。
ちなみに、ここ福岡は日本でも時給がかなり
高いほうです。
福岡の求人サイトとして有名な大谷書店の求人などをご参考に♪

http://otanishoten.jp/kokunaishushoku.htm

日本語を教えるボランティアは辞めましたが、音楽療法、手話教室などの
ボランティア活動を続けていました。

もともとこういう活動を好きでしたが、日本語教師としても
この活動がとても生きました。
自分とは同じだと思っていても、やはり違いもある。
むしろ違って当たり前で、その相手の立場になりきって、
はじめてわかることがあるというのを実感しました。
英語の”understand”とはよく言ったものです。
相手の下に立って初めて理解できるという気持ちを大切にしました。

ただ、週2,3日の学校収入に、ボランティア活動では、
日々のご飯すら食べられなくなるので、アルバイトも掛け持ちで。
休日の前の夜~朝は夜間でコンビニ、平日の夜は大阪の北新地で
老舗の
たこ焼き屋台、天丼屋。
よく留学生がたこ焼きを食べに来てくれて、サービスしてたなぁ。

やはり、学生生活とは違い、自分で稼いで、自炊して、
親のありがたみもですが、いろんな社会経験ができました。

しかし、私も当初は「日本語教育を舐めていた」のも事実です。
準備は怠らずやってたつもりでも、ボロが出まくり、
学生からの質問にうまく答えられないことも多く、自分でも苛立ちが増し、
バイトを減らし、もっともっと準備するようになりました。
すると、学生たちも私も認めてくれたのか、教室内でも外でも
(学校によっては一切学生と学校外で遊ぶのを禁止のところもあるようです)
どんどん声をかけてくれるようになり、そんな声が主任に届いたのか、
半年後には、授業数も倍に、担任の打診も受けて快諾しました。
当時の、同期入社も含めて周りの日本語教師の先輩方には
本当によく育てていただきました。感謝です。

一番学んだのは「女性学」かもですが・・・※ヽ(*^▽)ノ※
でも、これも大事な学問です。
しかし、本当に日本語の様々なスキルを的確に身につけられる教師には
程遠い教師でした。今でも、日々奮闘中ですが*^.^*

写真は運動会です。だいたい1年に2回は課外活動などが行われます。
1度、ほぼすべてを私が企画、運営、準備などをしたイベントです。
普段の運動不足がたまってか、学生たちのはしゃぎようは
すごかったです。私の顔が見えません^^

当時から、会話の授業などはいつも学生の声をカセットテープに録音していたので、
今でも聞くと本当に懐かしいです。学生への振り返りや試験として採点するため
のものですが、宝物です。
あぁ・・・発音や話し方をきちんと教えられなかった私を許してください。
と、いつも思ってしまいます。

さて、初めての日本語学校も2年の月日が経ち、いよいよ
私の当初の目的、目標である海外での日本語教育時代に突入です。
続きは・・・第3弾にて。お楽しみに! *^.^*

教務主任の勝川です。
先日、当校NYAの近所にあります日本語学校、
福岡国土建設専門学校の日本語学科さん当校の現役受講生と
お邪魔させてもらいました。
国土建設専門学校さんは、当校の受講生の就職先としても
目標にしている1つで、実際に修了生が働いています。
その国土建設専門学校さんで、卒業生によるプロジェクトワークの
発表会に参加
させていただきました。
手前左5人と私(と、うちの1歳の子供・・・。途中でうるさくして
しまって、国土の皆さんすみませんでした!>。<)でお邪魔しました。


プロジェクトワークとは、例えば今回「ラーメン」という
テーマで発表を行ったグループがいましたが、
なぜそのタイトルにしたかの説明、
日本のラーメンと自国のラーメンとの違いを説明、
実際自分たちで肌で感じるためにも、オリジナルラーメンを
作りその説明な
どを、わかりやすくパワーポイントにまとめ発表
する活動で、1グループ5,6人の学生たちがそれぞれ
ほとんど原稿も見ずに、発表していました。

その内容、立ち居振る舞い、パワーポイントの完成度、

十分に進路先の一つである大学などでも通用するものでした。
国土建設専門学校の担当なさった指導先生のすごさも伝わりました。

いろんな日本語教育機関との関係性を大事にし、
また見学、授業参加なども積極的に行っている
NYAにぜひみなさんいらして、いっしょに日本語教師になりませんか?*^o^*

就活した人の就職率100%の当校だから、自信を持って勧められる学校です。

教務主任の勝川です。
日本語教師を目指す人にとってこの時期はとても大切な時期です。
一番求人が多いのは、日本国内の日本語学校からの求人募集。
(日本語学校とは主に大学など高等教育機関に進みたい留学生への日本語指導)
日本語学校では多くは入学が4月と10月なので、今が就活の時期なんです。
そこで、国内4県、国外4カ国で様々な日本語教育に携わってきた
19年間の経歴をここに大公開
これから日本語教師になりたい方、今日本語教師養成講座に
通っている方、すでに現場に立っている日本語教師さん、
何か少しでもお役に立てればと思っております。

第1弾は「日本語教師養成講座時代」です♪
大阪出身の私は、親のすねをかじり何とか
大学までは行かせていただけました。
3年生まで特に日本語教師なんて、そんな仕事が
あることも知りませんでした。

元々、職場を地球規模で考えていたので、4年生になったころ、
色々本で見た中で、青年海外協力隊の職種で「日本語教師」というのに
出遭いました。
企業への就職活動の最中、大学卒業後また資格取得の学校に通うなど、
なんと親の期待を裏切ったものかと自己嫌悪にもなりながらも、
だからこそ本気で取り組めたのかもしれません。今から20年前の話です。

(↑ 日本語教師養成講座修了パーティーにて)
大手の日本語教師養成講座に通っていた頃は、初の一人暮らしなども
始まり、刺激的な日々でした。週3日通い1年で資格を取りました。
その際、2つの日本語教師ボランティアもしていました。
1つは研修生への授業にアシスタントティーチャーとして経験を
積ませていただいた関西研修センター( ↓ )。

もう1つは養成講座と同じグループの日本語学校での会話ボランティア。
通っていた養成講座は、外国人に実際教えるなどの授業もなく、
ボランティアで力をつけようと思いました。
あと大阪人ということで、東京アクセントで早く話せるようになろうと、
毎日NHKのニュースを聞いて、後からついて読んでいくという
今でこそ「シャドーイング」といって有名なやり方なのですが、
当時、自ら発見してやっておりました。
友達と話すときも、大阪なのに東京アクセントで話し、
数多くの友人からも煙たがられました。・゚゚ ‘゜(*/□\*) ‘゜゚゚・。
でも、小学生時代から尊敬もする、かつ親友の同級生、翼くんから
「かっちゃん、えらいな。そこまでプロ意識持ってるんやからな」という
言葉にとても励まされました。
さらに現場に出たとき「フォーマルな話し言葉、書き言葉」に慣れようと、
「ら抜き言葉」などを意識的に言わないようにしました。
今となっては、場面によって使い分けていますが、
当時は「大阪弁の日本語教師」と言われるのがいやで、
相当努力したのが懐かしいです。
そんな中、あっという間の1年間。さあ、いざ現場へ!・・・と思いきや、
まだ一度もまともな就職をしていなかった私は就活におじけずき、
不安と焦りしかない日々。
そこに、ボランティアで教えていた学生さんが在籍している
日本語学校に強引に私を推薦してくれて、ボランティアの日なのに
いきなり面接と模擬授業をやっていただくことになり。服装もGパンなのに。
模擬授業は「~てください」という文型の導入
よくわからないままに授業をしました。
何も教案も作らず、練習もしていないままで。
でも、私を推薦してくれた留学生を悲しませたくない一心で、授業をしました。

結果は合格。授業が下手だったのは自分でもわかりました。
その留学生が推薦してくれたというのが、唯一の合格の理由でした。
ですから、今でもその留学生さんには感謝感謝です。
あとは、2つのボランティアで外国人との交流に体がなんとか慣れていたんでしょう。
強引に面接を開くようにかけあってくれたおかげで、
資格取得後すぐに現場に立つことができました。
同じ養成講座受講生でも、すぐに現場に出たのは、クラスでも2人ほどでした。
ちなみにこの留学生さんは、その後母国の韓国の高校で
私と同じ日本語教師となって、すばらしい授業をして、
2012年、ご主人と3人の娘さんを連れて、福岡に会いに来てくれました。

このように就職までも学生の手を借りて、やっと就職できた私ですが、
その後の日本語学校でのエピソードは第2弾で!*^.^*

教務主任の勝川です。教師生活19年。
ど根性ガエルの町田先生にはまだ追いつかないが、それなりに長く続いている。
日本語教師の仕事を生かし国内4県、国外4カ国、数々の職場、学習者、国籍など、
全てが宝物。
辞めたいとは思わないが、ダメだ、できないと思い悩むこともしばしば。
そんな中、ある昔の学習者がFacebookのチャットで話しかけてきた。
涙で画面が見られなくなった。そして、やっぱりこの仕事がんばろうと思えた。
私は本当に幸せ者です。
以下、そのラブレターを紹介します♪ 本人の許可済み。

原文のまま。チャットなので、多少のうっかりミスはあります。
(福岡大学での短期日本語クラスを受講後、中国に帰国)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
実は私は就職活動をしていた時、二つofferをいただいた。一つはこのアマゾンに
就職するチャンス、もう一つは言語学校の先生です。学生がほとんど日本人です。
日本語で中国語がお好きな日本人に中国語を教える仕事です。

いろいろ考えて上で、今の仕事を選びましたが、私はね、人に授業をする経験が
ないので、面接のとき、超緊張していた。

でもどうしてこの仕事を選びたい?と聞かれた時、私は先生の顔を思い出した。
「実は私は大学に入った前に、日本語が全然わからないです。大学に入っても、
日本語に全然興味を持っていないです。なぜならば、授業が詰まらなかったし、
いろいろなところがわからなかったし、わからなかったのに、
先生がわからなくても大丈夫です、暗記してくださいと言われました。
だから、日本語の勉強が嫌いになってしました。でも福岡に行って、
ものすごくいい先生と出会いました。実は勝川先生のことですが。
一所懸命授業の準備をしていただいて、授業中にいろいろな形で授業を
行っていただきました。なので、先生のいい影響で、私はその時日本語に
興味を生み出しました。私も先生のように自分の母語が好きな外国人に心を
込めて教えてあげたいです。

今はこの仕事をあきらめざるを得ないですが、この気持ちを捨てないです。
いつかチャンスがあれば、ボランティア でもいいです、面白くて、
わかりやすくて、心を込めて、中国語に興味を生みさせるようにいい授業を
外国人にしてあげたいです。

あのごろ、私たち最後の授業に、先生と別れるのは本とに悲しかったです。
でも先生が私にどれだけいい影響を齎していたのか全然気づかなかったです。
就職したまで、この気持ちがわかるようになりました。なので、どうしても
先生にお礼を言いたくて、この感謝の気持ちを先生に伝えたいです。
遅いですが、ありがとうございました。

生活でも、仕事でも、日本語の勉強でも、英語の勉強でも、私はぜひ
一所懸命やりたいです。


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