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  3. 勝川浩之の、「日本語教師」とはなんぞや!?

私の履歴書③ -韓国編-

教務主任の勝川です。
日本語教育歴に、ついに海外進出が登場です!^^

大阪の日本語学校で、土地柄か当時韓国の学生がとても 多くて、学生から
韓国のことをたくさん聞くうちに、
自らが韓国に行って、教えたくなりました。

もともと、日本を飛び出して仕事をするという気持ちで 見つけたこの
日本語教師という仕事なので、待ちに待った瞬間でした。
大阪での日本語学校生活を約2年終え、辞める時は学生が花をくれたり、
今思うと恥ずかしい授業がたくさんあったんですが、 本当にいい思い出になりました。

韓国の語学学校の求人を見たのは、大阪にあった日本語教育専門の書店の掲示板。
当時は、まだネット社会でもなく、先方の学校との
やりとりも履歴書を送った後は、FAX、電話だけで採用決まりました。
これも国内で日本語教師の経験があったおかげだと思います。

さて、韓国に着いた日、大阪での日本語学校のときの卒業生がソウルの空港まで迎えに
来てくれました。
はじめての外国暮らし。期待以上に不安が大きかったので、
本当にうれしかったです。
首都ソウルから、 確かバスで3時間ほどでした。日本と比べると交通料金が安い安い
500円ほどでした。5000円と言われても払っていたと思います。

勤め先は、後に流行したあの韓国ドラマ『冬のソナタ』のロケ地、
春川(チュンチョン)です。真冬はマイナス20度の寒さ。着いた翌日、勤め先の周囲を案内してもらいましたが、近所の大学に韓国語で
日本人日本語教師 勝川先生 ようこそ!
ような垂れ幕があったんです。
語学学校の学院長が大学生を学校に呼び込もうと大宣伝してくれて いました。
しかし、その翌日、台風のような強風が吹き、その垂れ幕がどこかに飛んで
行ったようです^^; 不吉・・・。

さて、すぐに授業が始まりました。始めは前任者となる日本人日本語教師のクラスに
見学として入りました。
何よりも驚いたのは授業時間です。
日本の語学スクールも朝から授業がある学校もありますが、韓国では朝6時ごろから
始まるのが一般的です。
よって、私も毎日5時前には起きて、学校に行きました。
授業は朝6時半から3時間。そして、夜も18時半~3時間1日を2回に分けて生活
していました。
朝の授業後は近くの大学食堂へ行き、いつもご飯大盛りにしてもらい、
200円ほどでおいしくいただけました。その後、昼寝をして、授業準備をして、
また夜の授業前に学校へ行く。
夜の授業後は、雨が降るとなぜか学生から
「飲みにいきましょう、カラオケに行きましょう」と誘われました*^.^*
晴れのときは一人で町の食堂へ。
けっこう外食が多かったです。日本での一人暮らし時代は、極力節約するため、毎日鶏の胸肉料理を使って、カレーで3日間、シチューで3日間のローテーションでしたが、
やはり授業後の疲労の中、外で食べられるのは幸せ。せっかく外国にいるわけなので、
いろんな料理も食べておきたいですしね!

ここでちょっとビザのお話をしておこうと思います。
海外で就労する場合は、ほとんどの国では日本語教師という職種の場合、「大卒」という学歴が必要になっています。もちろんいくつかの国、機関は「大卒」がなくても
日本語教師はできます。
また、ボランティアやインターンなら話は別です。
私は恵まれた環境で大卒という資格を持っていますが、
(本当に親には感謝しております)
持っていない人で、幅広く海外で日本語教師として働く!という方は、
通信、放送大学
なども含め、大卒の資格が取れるので、チャレンジするのもいいかと思います。

韓国の住居を話すと、ぜひ触れたいのが「チョンセ」というシステム。
私が韓国に赴任したころは、いわゆる銀行の預金金利(利子)が1約10%も!
日本は、当時1%ほど。今は・・・0,01%ぐらいでしょうか。
ですので、チョンセとは、「保証金としてはじめに、仮に100万円預ければ大家は1年後10万円の利子があるので、住居人から毎月1万円もらうのと同じ金額になり、はじめに
渡した100万円は退去時に丸々返ってくる。つまり、住居人は毎月無料で部屋を
借りられる」ということです。
こんなウハウハなことが、日本では考えられるでしょうか。
というわけで、私も何も疑わずチョンセを利用しました。ただ、今はちょっとネットで
調べたらいくらでもでてきますが、やはり「うまい話には注意せよ」ですね。
私が入居したアパートが経営不振で競売になってしまい、私は結局退去時に預けた金額が戻ってきませんでした。大阪での日本語教師時代に節約してがんばって貯めた
お金が・・・。
ま、ちょっと高い授業料だと思うことにしました。それでも、私の学生が、弁護士事務所などに連れて行ってくれて、通訳もしてくれて、私を助けようと何人もの学生

動いてくれました。この思い出は一生消えません。
お金はなんとかしたらあとから簡単に消えますし、また増やすこともできます。
外国の人にこんなに助けられたという思いのほうが、ずっと上回りました
それによって、私ももっともっと日本国内、世界中の日本語学習者の助けになりたいと
思えるようになりました。

授業は、ネイティブ日本語教師として呼ばれたので、ここの学校では、基本的には
日本語だけで日本語の授業をしていました。
しかし、日本国内に来ている学生なら
第2言語習得の目的がもっぱらですが、
自分の国で外国語を学ぶ学生は、知識教養
として、日本語能力試験合格を
目標にしている学生もいて、必要に応じて、
現地の言葉も知っていると、
より多くのニーズに応えられると思います

普段の生活では、多くの方にや何かと登山に誘われました。普段から体を
鍛えているんだな~と、感心しました。

【同じ学校の韓国人英語教師さんと】

日本語学習者さんに韓国国営放送KBSのカメラマンさんがいらっしゃり、
放送局の見学に♪
カメラは全てSONYでした。ちょっと誇りに思えました*^.^*


【テレビに映っているのは、後任のみわ先生と、仲良かった学生ミンジョンさん】

大阪の日本語学校時代の学生が、釜山から春川まで会いに来てくれました。

またいつの日か、この仕事には定年がないので、迎えていただけるのなら、ぜひまた
韓国に行って、日本語教師したいです!

 

 

教務主任の勝川です。
大好評で(ウソです)、私の履歴書第2弾に突入です*^.^*

日本語教師養成講座時代のボランティアで日本語を教えていた学生さん
からの強い希望で、日本語学校で急遽、
面接・模擬授業をすることになり、
なんとか採用をいただき、
大阪の日本語学校にて日本語教師デビュー

スタートは、採用された人が外国人に教える環境に適応力があるか、また、
今まで教師などをしたことない人が現場で授業を担当できるか見るためにも、
非常勤講師で週に2~3日出勤というのが一般的だと言われています。

さて、私は日本語の初級クラスを1コマ(その学校は1コマ60分)、 中級の
クラスを2コマでスタートです。

学校にもよりますが、日本語の初級クラスと中上級クラス、どちらが
ビギナー先生に向いているかというと、仮に私のようにそれまでの生活で、
いろんなイベントをしたり、
大学でも大学際実行委員など、ちょっと
人目に触れることを
やってきたタイプなら、中上級クラスのほうが
向いていると
思われます。
初級クラスでは、日本語があまりできない人たちのクラスですし、 多国籍で
媒介語もないし、あったとしても、たくさん日本語を使わせる必要が
あるので、
日本語だけで日本語を教えるというスタイルが多い日本語学校では
教師の
語彙コントロール力がかなり求める学校が多いです。

今までの私の特性を生かし、主任先生は私を中級クラスに入れたんだと思います。
時給は、東京大阪などでは普通ですが、1時間1,300円ほどでしたので、
もちろん養成講座に通ってから1人暮らしを始めた私には苦しかったです。
ちなみに、ここ福岡は日本でも時給がかなり
高いほうです。
福岡の求人サイトとして有名な大谷書店の求人などをご参考に♪

http://otanishoten.jp/kokunaishushoku.htm

日本語を教えるボランティアは辞めましたが、音楽療法、手話教室などの
ボランティア活動を続けていました。

もともとこういう活動を好きでしたが、日本語教師としても
この活動がとても生きました。
自分とは同じだと思っていても、やはり違いもある。
むしろ違って当たり前で、その相手の立場になりきって、
はじめてわかることがあるというのを実感しました。
英語の”understand”とはよく言ったものです。
相手の下に立って初めて理解できるという気持ちを大切にしました。

ただ、週2,3日の学校収入に、ボランティア活動では、
日々のご飯すら食べられなくなるので、アルバイトも掛け持ちで。
休日の前の夜~朝は夜間でコンビニ、平日の夜は大阪の北新地で
老舗の
たこ焼き屋台、天丼屋。
よく留学生がたこ焼きを食べに来てくれて、サービスしてたなぁ。

やはり、学生生活とは違い、自分で稼いで、自炊して、
親のありがたみもですが、いろんな社会経験ができました。

しかし、私も当初は「日本語教育を舐めていた」のも事実です。
準備は怠らずやってたつもりでも、ボロが出まくり、
学生からの質問にうまく答えられないことも多く、自分でも苛立ちが増し、
バイトを減らし、もっともっと準備するようになりました。
すると、学生たちも私も認めてくれたのか、教室内でも外でも
(学校によっては一切学生と学校外で遊ぶのを禁止のところもあるようです)
どんどん声をかけてくれるようになり、そんな声が主任に届いたのか、
半年後には、授業数も倍に、担任の打診も受けて快諾しました。
当時の、同期入社も含めて周りの日本語教師の先輩方には
本当によく育てていただきました。感謝です。

一番学んだのは「女性学」かもですが・・・※ヽ(*^▽)ノ※
でも、これも大事な学問です。
しかし、本当に日本語の様々なスキルを的確に身につけられる教師には
程遠い教師でした。今でも、日々奮闘中ですが*^.^*

写真は運動会です。だいたい1年に2回は課外活動などが行われます。
1度、ほぼすべてを私が企画、運営、準備などをしたイベントです。
普段の運動不足がたまってか、学生たちのはしゃぎようは
すごかったです。私の顔が見えません^^

当時から、会話の授業などはいつも学生の声をカセットテープに録音していたので、
今でも聞くと本当に懐かしいです。学生への振り返りや試験として採点するため
のものですが、宝物です。
あぁ・・・発音や話し方をきちんと教えられなかった私を許してください。
と、いつも思ってしまいます。

さて、初めての日本語学校も2年の月日が経ち、いよいよ
私の当初の目的、目標である海外での日本語教育時代に突入です。
続きは・・・第3弾にて。お楽しみに! *^.^*

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